雨の通り道
5月16日作成 管理人・小雨がオリジナル・版権イラスト、日記などを雑多に書いているブログです。
わたしのなかのあなた
- 2012/07/03 (Tue) |
- 映画感想 |
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絵は粉雪。アリスモチーフばっかりですみません…
ミニキャラなんだか微妙な等身になってしまった;;
種村先生の絵みたいに髪の毛をくるくるにしたかったけど、激しくうねってますね…
くるくる髪難しいです。
さきほどまでBSジャパンでやっていた映画「わたしのなかのあなた」観てました。
公開当時人生の恩師K先生と観に行ったのですが、その時より良かったです~
当時は個人的には好きだけど良く出来た映画とは思わない…って感じだったのですが、
もう一度観てみたらすごーく良く感じました。
また長くなりそうなので続きから。
物語は白血病の姉を持つ11歳の少女、アナの語りから始まります。
白血病の姉ケイトに臍帯血移植をするために、
両親の遺伝子を操作して生まれた「デザイナーズ・ベイビー」のアナは、
これ以上姉のために臓器を提供するのを拒否するために
勝訴率91パーセントの敏腕弁護士・アレグサンダー・キャンベルの元へ行き弁護を依頼する。
元弁護士でケイトを誰よりも愛している元弁護士の母親・サラはそんなアナを理解できず、
キャンベルと法廷で争うことに-
この映画は原作の本を先に読んでいて、観たいなと思って観に行ったのですが、
原作より好きなところがたくさん有ります~
今はもう原作読んでから大分時間経ってしまったのでどこが違うか良く覚えてませんが;;
ただ原作ではアナ、ケイト、サラ、父親のブライアン、兄のジェシー、キャンベルなど
登場人物がそれぞれ一人称で独白する形で進んでいくのですが、
映画では最初だけしかその形式が取られておらず、その後はアナの語りで進んでいくのが
ちょっと中途半端な感じはしました。
でも原作はもっと複雑でごちゃごちゃしたエピソードがたくさんあるので、
そういった物をとっぱらって伝えたいことだけをシンプルに抜き出した映画版はすっきりした印象です。
それにしてもこの映画、観ていてとっても心地良い。
全編どこか懐かしい穏やかな空気感が溢れています。
家族に病気の少女がいる家庭、という、決して明るい環境ではないのに
愛し合い、ふざけあう家族達。
観ていると自分もその家族の一員になった気がして、その新密な空気感に身をゆだねたくなります。
この家族を演じた俳優さん達もみんな本当の家族を演じようとしているのが伝わってきて、
この映画の撮影は俳優達一人一人にもとても濃密な時間だったんだろうなと感じさせます。
所々に挟まれる回想シーンの入り方、音楽の使い方もとっても快くて好き。
髪が抜けて私は醜いと泣くケイトに、
キャメロン・ディアス扮するサラが美しい金髪をバリカンで丸坊主にしてしまったシーンとか、
その後のプリクラのシーン、遊園地のシーンが凄く好きです。
一つ一つのシーンが宝石のようにきらきら煌めいていて素敵です。
ケイトが病院で知り合ったテイラーとパーティーに行くシーンも凄く好きです~
店員が私の頭をじろじろ観る!!もうパーティーなんか行かない!
というケイトの後ろのショウウィンドウに、美しいウィッグが飾ってあって、
それにみんなの目が引き寄せられていく感じとか…
ウィッグを着けて美しいドレスを着て、階段を下りてくるシンデレラのようなケイト。
彼女の姿を一時も逃したくないと言うように写真を撮りまくるサラ。
ケイトを眩しげに見つめるブライアン。ここは父親の何とも言えない感慨が感じられて大好きです。
ビーチに行きたいというケイトの願いを叶えて、ブライアンが反対するサラを振り切って車を走らせ、
後から追ってきたサラとブライアン、ケイトが3人で海を眺める後ろ姿は、
言葉に出来ない位様々な感情が込められた美しいシーンでした。
アナが裁判を起こした理由が、ケイトのもう治療をやめて死にたいという願いからだったというのは、
すっかり忘れててどんでん返しをくらった感じでしたが、ここは凄く難しい問題だと思います。
病気の辛さに生きることをやめたいというケイトと、
娘が死ぬのを受け入れられず、どんな治療をしてでも生きていて欲しいと願う母親。
第三者として、幼いアナに犠牲を払わせケイトを延命させようとするサラを攻めるのは簡単ですが、
自分が母親になった時果たしてどう思うか…正解は無いんですよね。
ケイトが死んだ夜、
「サマーキャンプに行ったとき窓際の席に座りなさい、そしたらママが手を振るから、って言ったでしょ。
またその席に座るわ。」
というケイトの言葉に、こみ上げる涙をこらえきれず嗚咽するサラのシーンは胸に迫りました。
「ケイトが死んで、州の法律が変わったか?通りに彼女の名前が付けられたか?
そんな事は無かった」
というアナの独白に、この映画を観たとき初めて感じたのは
人は死ぬまでに何かを残さなくてはならないという様な風潮が世間にはあるけれど、
何も残さなくても良いんじゃないか、ただ生きていたという事実だけで良いんじゃないか、
という事をこの映画は言いたいんじゃないのかなと思いましたが、
今回も変わらない印象を受けました。
ただ、最後のアナの
「私は偶然で出来た子供じゃなかった。でもそれは大きな問題ではない。
私には素晴らしい姉がいた。それが事実だ」
という言葉に、デザイナーズ・ベイビーとして生まれて、姉のために辛い入院を何度もしたアナが、
それでも生まれてきて良かった、素晴らしい姉に会えて良かったと思えたという所が、
凄く良いなあと思いました。
実際問題として兄妹の病気を治療するために遺伝子を操作して子供を作り、
臓器提供や様々な手術を受けさせるのが良いのかどうかはとてもデリケートな問題だと思いますが、
それでも生まれたことに意味があるというこの映画の答えは、
一つの形として残るんじゃないかなと思いました。
人は死んだ後何も残らないし残さなくても良い、
ただ生きることは愛する人に出会えることだ、という、
純粋でシンプルなメッセージがとっても素敵だなと思います。
原作のラストはちょっとえーそれは無いんじゃない、と思ったので、このラストで満足です。
最後に。アナ役のアビゲイル・プレスリンちゃん可愛いなーvv
段々と女性らしい体つきになっていく過程にある少女の伸びやかな身体がとっても綺麗でした。
少女の一瞬は本当に美しい。
白血病の姉ケイトに臍帯血移植をするために、
両親の遺伝子を操作して生まれた「デザイナーズ・ベイビー」のアナは、
これ以上姉のために臓器を提供するのを拒否するために
勝訴率91パーセントの敏腕弁護士・アレグサンダー・キャンベルの元へ行き弁護を依頼する。
元弁護士でケイトを誰よりも愛している元弁護士の母親・サラはそんなアナを理解できず、
キャンベルと法廷で争うことに-
この映画は原作の本を先に読んでいて、観たいなと思って観に行ったのですが、
原作より好きなところがたくさん有ります~
今はもう原作読んでから大分時間経ってしまったのでどこが違うか良く覚えてませんが;;
ただ原作ではアナ、ケイト、サラ、父親のブライアン、兄のジェシー、キャンベルなど
登場人物がそれぞれ一人称で独白する形で進んでいくのですが、
映画では最初だけしかその形式が取られておらず、その後はアナの語りで進んでいくのが
ちょっと中途半端な感じはしました。
でも原作はもっと複雑でごちゃごちゃしたエピソードがたくさんあるので、
そういった物をとっぱらって伝えたいことだけをシンプルに抜き出した映画版はすっきりした印象です。
それにしてもこの映画、観ていてとっても心地良い。
全編どこか懐かしい穏やかな空気感が溢れています。
家族に病気の少女がいる家庭、という、決して明るい環境ではないのに
愛し合い、ふざけあう家族達。
観ていると自分もその家族の一員になった気がして、その新密な空気感に身をゆだねたくなります。
この家族を演じた俳優さん達もみんな本当の家族を演じようとしているのが伝わってきて、
この映画の撮影は俳優達一人一人にもとても濃密な時間だったんだろうなと感じさせます。
所々に挟まれる回想シーンの入り方、音楽の使い方もとっても快くて好き。
髪が抜けて私は醜いと泣くケイトに、
キャメロン・ディアス扮するサラが美しい金髪をバリカンで丸坊主にしてしまったシーンとか、
その後のプリクラのシーン、遊園地のシーンが凄く好きです。
一つ一つのシーンが宝石のようにきらきら煌めいていて素敵です。
ケイトが病院で知り合ったテイラーとパーティーに行くシーンも凄く好きです~
店員が私の頭をじろじろ観る!!もうパーティーなんか行かない!
というケイトの後ろのショウウィンドウに、美しいウィッグが飾ってあって、
それにみんなの目が引き寄せられていく感じとか…
ウィッグを着けて美しいドレスを着て、階段を下りてくるシンデレラのようなケイト。
彼女の姿を一時も逃したくないと言うように写真を撮りまくるサラ。
ケイトを眩しげに見つめるブライアン。ここは父親の何とも言えない感慨が感じられて大好きです。
ビーチに行きたいというケイトの願いを叶えて、ブライアンが反対するサラを振り切って車を走らせ、
後から追ってきたサラとブライアン、ケイトが3人で海を眺める後ろ姿は、
言葉に出来ない位様々な感情が込められた美しいシーンでした。
アナが裁判を起こした理由が、ケイトのもう治療をやめて死にたいという願いからだったというのは、
すっかり忘れててどんでん返しをくらった感じでしたが、ここは凄く難しい問題だと思います。
病気の辛さに生きることをやめたいというケイトと、
娘が死ぬのを受け入れられず、どんな治療をしてでも生きていて欲しいと願う母親。
第三者として、幼いアナに犠牲を払わせケイトを延命させようとするサラを攻めるのは簡単ですが、
自分が母親になった時果たしてどう思うか…正解は無いんですよね。
ケイトが死んだ夜、
「サマーキャンプに行ったとき窓際の席に座りなさい、そしたらママが手を振るから、って言ったでしょ。
またその席に座るわ。」
というケイトの言葉に、こみ上げる涙をこらえきれず嗚咽するサラのシーンは胸に迫りました。
「ケイトが死んで、州の法律が変わったか?通りに彼女の名前が付けられたか?
そんな事は無かった」
というアナの独白に、この映画を観たとき初めて感じたのは
人は死ぬまでに何かを残さなくてはならないという様な風潮が世間にはあるけれど、
何も残さなくても良いんじゃないか、ただ生きていたという事実だけで良いんじゃないか、
という事をこの映画は言いたいんじゃないのかなと思いましたが、
今回も変わらない印象を受けました。
ただ、最後のアナの
「私は偶然で出来た子供じゃなかった。でもそれは大きな問題ではない。
私には素晴らしい姉がいた。それが事実だ」
という言葉に、デザイナーズ・ベイビーとして生まれて、姉のために辛い入院を何度もしたアナが、
それでも生まれてきて良かった、素晴らしい姉に会えて良かったと思えたという所が、
凄く良いなあと思いました。
実際問題として兄妹の病気を治療するために遺伝子を操作して子供を作り、
臓器提供や様々な手術を受けさせるのが良いのかどうかはとてもデリケートな問題だと思いますが、
それでも生まれたことに意味があるというこの映画の答えは、
一つの形として残るんじゃないかなと思いました。
人は死んだ後何も残らないし残さなくても良い、
ただ生きることは愛する人に出会えることだ、という、
純粋でシンプルなメッセージがとっても素敵だなと思います。
原作のラストはちょっとえーそれは無いんじゃない、と思ったので、このラストで満足です。
最後に。アナ役のアビゲイル・プレスリンちゃん可愛いなーvv
段々と女性らしい体つきになっていく過程にある少女の伸びやかな身体がとっても綺麗でした。
少女の一瞬は本当に美しい。
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