雨の通り道
5月16日作成 管理人・小雨がオリジナル・版権イラスト、日記などを雑多に書いているブログです。
月明かりのShall We Dance?
- 2018/11/25 (Sun) |
- 小説 |
- CM(4) |
- Edit |
- ▲Top
青白い月の光の下、薔薇と芍薬の香る庭園で、一人の少女が踊っていた。
豊かに波打つ艶やかな漆黒の髪と神秘的な黒水晶の瞳は夜の闇に溶けてしまいそうだが、
黒髪に映えるくっきりとした肌は月よりも白々として、
顔立ちは咲き初めの白百合のように清楚だ。
少女は白磁の柔肌をよりいっそう引き立てる濃青色のドレスを着ていた。
身頃には銀糸で精緻な刺繍が施され、
ふんわりとしたスカートにはフリルとラインストーンがふんだんにあしらわれている。
そのドレスを揺らしながら、
少女は大広間からかすかにもれ聞こえる管弦楽が奏でる円舞曲(ワルツ)に合わせて拙い足取りでステップを踏む。
少女の名はリリー・ヘザー・ハリエット。
バーレイ公国大公女で、ここルクランディア王国には王子ロレンツォの3人の花嫁候補の一人としてやってきた。
愛する兄大公からルクランディアと縁戚関係を結ぶ利を説かれたリリー・ヘザーは、
今日の花嫁候補の披露目の夜会で他の二人の花嫁候補の姫君達を何とか押しのけ、
ロレンツォと二人きりになった──
と思った時、折り悪く楽団が典雅なワルツを奏で始めた。
その途端、リリー・ヘザーは12時の鐘が鳴り始めるのを聞いたシンデレラみたいに大広間から逃げ出してきた。
リリー・ヘザーはダンスが大の苦手だった。
どんな高名なダンス教師についても、彼らの足を踏んづけてばかりだ。
本当はリリー・ヘザーだって踊りたかった。
月光ではなく、貴婦人達の色とりどりのドレスを反射して虹色に輝くシャンデリアの灯りに照らされて、
大勢の人々の賞賛の視線を浴びながら踊れたらどんなにか素晴らしいだろう。
と、「ダンスを申し込みに来たのだが…見えないお相手がいるようだ」
朗々としたテノールが響いた。
縮れ気味の赤毛に、空の色とも海の色ともつかない曖昧な青い瞳。
醜いわけではないが、平々凡々とした容姿はあまり王子らしくない。
どころか、庶民の服を着て旅から旅へ明け暮れるのが趣味の
ついたあだ名がプリンス・ストレンジ(変人王子)─
「…ロレンツォさま…」
リリー・ヘザーは見られていた恥ずかしさと最大の弱点を知られてしまったという屈辱から、
ついつい刺々しい声音になる。
「お呆れでしょうね。社交の国バーレイの大公女がワルツ一つ満足に踊れないなんて」
「そんなことは無い。踊っていたあなたはとても可憐だった」
「見え透いたお世辞をおっしゃらないで」
「ええ、だから」
いつの間にか近づいてきたロレンツォに遠慮なく腰に腕を回され、
リリー・ヘザーは図らずもどきりと鼓動を跳ねさせた。
「見えないお相手とパートナーチェンジをお願いしても?」
言いながら強引に腕をホールドされる。
「だっ…駄目です!私本当にダンスだけは苦手で…」
「私の腕前が不安かな?大丈夫、私はダンスの現人神と呼ばれているのですよ」
「誰に!?とにかくお放しになって…きゃあっ!」
ロレンツォが一歩足を踏み出した瞬間、
リリー・ヘザーはふわり、とまわりを取り巻く空気が変わったような気がした。
ロレンツォのリードは優雅でいながら堂々としていて大胆で、
動きの全てが大きくとても映えるのに、少しも気品を失わない。
それでいてリリー・ヘザーが次にどう動けばいいか、
どこでターンをすればいいか、ごく自然と伝えてくれる。
ロレンツォがリリー・ヘザーを腕の中でくるりと一回転させ、
ホールドしたまま少し距離をとってステップを踏み、また腕の中に抱きとめる。
123、123。
そうしているうちに弾んでくる息まで、
二人ぴったり一つに結びつけられて溶け合っていく様だ。
リリー・ヘザーは今まで感じたことの無い高揚感に包まれていた。
彼女がターンする度に、スカートに縫い付けられたラインストーンが花に落ちる夜露のようにきらきらと輝く。
いつしか彼女は自分がかかとの高い歩きづらい靴を履いていることを忘れていた。
まるで上等なシルクサテンの上を、素足で滑っているようだと思った。
いつの間にか、広間から聞こえた管弦楽の音は止み、
リリー・ヘザーは自分達の踊りも終わった事を知った。
観衆は花々の甘い芳香だけだったが、彼女はこの上も無く満足だった。
「あなたは踊るとき、今日もこの人の足を踏んづけてしまうんだろうな、
この人も私の踊りを笑うんだろうな─そんな風に考えていませんか?」
先ほどの強引さが嘘のように、
気遣わしげにホールドを解いて彼女を解放したロレンツォの言葉に、
リリー・ヘザーは心の中であ、と呟いた。
「ダンスは人の心と心で踊るもの。相手を信頼して身を任せなければいい踊りは出来ませんよ」
「…私、あなたを信頼した覚えも身を任せた覚えもありませんけど」
何となく素直に認めるのがしゃくで子供っぽく頬を膨らませるリリー・ヘザーに、
「いつの間にか人の警戒心を解いて心の中に入り込んでしまう。これも人徳ですな」
ロレンツォはしたり顔で答えになっているようないないような答えを返しながらうんうんと頷いている。
その曖昧な青い瞳が、近くで見ると存外に綺麗な色に見えることに気づいて、
(やっぱり噂どおり変な人…)
そう思いながらも、リリー・ヘザーの心臓は慣れないステップを踏むように踊っていた。
豊かに波打つ艶やかな漆黒の髪と神秘的な黒水晶の瞳は夜の闇に溶けてしまいそうだが、
黒髪に映えるくっきりとした肌は月よりも白々として、
顔立ちは咲き初めの白百合のように清楚だ。
少女は白磁の柔肌をよりいっそう引き立てる濃青色のドレスを着ていた。
身頃には銀糸で精緻な刺繍が施され、
ふんわりとしたスカートにはフリルとラインストーンがふんだんにあしらわれている。
そのドレスを揺らしながら、
少女は大広間からかすかにもれ聞こえる管弦楽が奏でる円舞曲(ワルツ)に合わせて拙い足取りでステップを踏む。
少女の名はリリー・ヘザー・ハリエット。
バーレイ公国大公女で、ここルクランディア王国には王子ロレンツォの3人の花嫁候補の一人としてやってきた。
愛する兄大公からルクランディアと縁戚関係を結ぶ利を説かれたリリー・ヘザーは、
今日の花嫁候補の披露目の夜会で他の二人の花嫁候補の姫君達を何とか押しのけ、
ロレンツォと二人きりになった──
と思った時、折り悪く楽団が典雅なワルツを奏で始めた。
その途端、リリー・ヘザーは12時の鐘が鳴り始めるのを聞いたシンデレラみたいに大広間から逃げ出してきた。
リリー・ヘザーはダンスが大の苦手だった。
どんな高名なダンス教師についても、彼らの足を踏んづけてばかりだ。
本当はリリー・ヘザーだって踊りたかった。
月光ではなく、貴婦人達の色とりどりのドレスを反射して虹色に輝くシャンデリアの灯りに照らされて、
大勢の人々の賞賛の視線を浴びながら踊れたらどんなにか素晴らしいだろう。
と、「ダンスを申し込みに来たのだが…見えないお相手がいるようだ」
朗々としたテノールが響いた。
縮れ気味の赤毛に、空の色とも海の色ともつかない曖昧な青い瞳。
醜いわけではないが、平々凡々とした容姿はあまり王子らしくない。
どころか、庶民の服を着て旅から旅へ明け暮れるのが趣味の
ついたあだ名がプリンス・ストレンジ(変人王子)─
「…ロレンツォさま…」
リリー・ヘザーは見られていた恥ずかしさと最大の弱点を知られてしまったという屈辱から、
ついつい刺々しい声音になる。
「お呆れでしょうね。社交の国バーレイの大公女がワルツ一つ満足に踊れないなんて」
「そんなことは無い。踊っていたあなたはとても可憐だった」
「見え透いたお世辞をおっしゃらないで」
「ええ、だから」
いつの間にか近づいてきたロレンツォに遠慮なく腰に腕を回され、
リリー・ヘザーは図らずもどきりと鼓動を跳ねさせた。
「見えないお相手とパートナーチェンジをお願いしても?」
言いながら強引に腕をホールドされる。
「だっ…駄目です!私本当にダンスだけは苦手で…」
「私の腕前が不安かな?大丈夫、私はダンスの現人神と呼ばれているのですよ」
「誰に!?とにかくお放しになって…きゃあっ!」
ロレンツォが一歩足を踏み出した瞬間、
リリー・ヘザーはふわり、とまわりを取り巻く空気が変わったような気がした。
ロレンツォのリードは優雅でいながら堂々としていて大胆で、
動きの全てが大きくとても映えるのに、少しも気品を失わない。
それでいてリリー・ヘザーが次にどう動けばいいか、
どこでターンをすればいいか、ごく自然と伝えてくれる。
ロレンツォがリリー・ヘザーを腕の中でくるりと一回転させ、
ホールドしたまま少し距離をとってステップを踏み、また腕の中に抱きとめる。
123、123。
そうしているうちに弾んでくる息まで、
二人ぴったり一つに結びつけられて溶け合っていく様だ。
リリー・ヘザーは今まで感じたことの無い高揚感に包まれていた。
彼女がターンする度に、スカートに縫い付けられたラインストーンが花に落ちる夜露のようにきらきらと輝く。
いつしか彼女は自分がかかとの高い歩きづらい靴を履いていることを忘れていた。
まるで上等なシルクサテンの上を、素足で滑っているようだと思った。
いつの間にか、広間から聞こえた管弦楽の音は止み、
リリー・ヘザーは自分達の踊りも終わった事を知った。
観衆は花々の甘い芳香だけだったが、彼女はこの上も無く満足だった。
「あなたは踊るとき、今日もこの人の足を踏んづけてしまうんだろうな、
この人も私の踊りを笑うんだろうな─そんな風に考えていませんか?」
先ほどの強引さが嘘のように、
気遣わしげにホールドを解いて彼女を解放したロレンツォの言葉に、
リリー・ヘザーは心の中であ、と呟いた。
「ダンスは人の心と心で踊るもの。相手を信頼して身を任せなければいい踊りは出来ませんよ」
「…私、あなたを信頼した覚えも身を任せた覚えもありませんけど」
何となく素直に認めるのがしゃくで子供っぽく頬を膨らませるリリー・ヘザーに、
「いつの間にか人の警戒心を解いて心の中に入り込んでしまう。これも人徳ですな」
ロレンツォはしたり顔で答えになっているようないないような答えを返しながらうんうんと頷いている。
その曖昧な青い瞳が、近くで見ると存外に綺麗な色に見えることに気づいて、
(やっぱり噂どおり変な人…)
そう思いながらも、リリー・ヘザーの心臓は慣れないステップを踏むように踊っていた。
文章の修行の方も細々としたいなと思って、前々から書きたかった親世代編。
本当はリリー・ヘザーのドレスの描写や美貌の描写、
3つの王冠の設定の説明とか諸々入れたかったのですが、
長さが半端無くなるのでかなり色々端折りました。
ロレンツォは鼻持ちならない女だと思っていたリリー・ヘザーのコンプレックスに
自らの劣等感と重なる部分を感じて、
結婚当初は気まぐれで少し優しくしてあげるのですが、
だんだん妻や息子(ラズル)を愛している自分に気付いて、
人を信じられない彼は裏切られるのが怖くて出奔してしまう…という
リリー・ヘザーには結構な悲恋ですが、とりあえず出会いのシーンは程々にロマンチックに。
バレバレだと思いますが、ロレンツォの台詞は映画Shall We ダンス?へのオマージュです。
本当はリリー・ヘザーのドレスの描写や美貌の描写、
3つの王冠の設定の説明とか諸々入れたかったのですが、
長さが半端無くなるのでかなり色々端折りました。
ロレンツォは鼻持ちならない女だと思っていたリリー・ヘザーのコンプレックスに
自らの劣等感と重なる部分を感じて、
結婚当初は気まぐれで少し優しくしてあげるのですが、
だんだん妻や息子(ラズル)を愛している自分に気付いて、
人を信じられない彼は裏切られるのが怖くて出奔してしまう…という
リリー・ヘザーには結構な悲恋ですが、とりあえず出会いのシーンは程々にロマンチックに。
バレバレだと思いますが、ロレンツォの台詞は映画Shall We ダンス?へのオマージュです。
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COMMENT
ロマン溢れてる
小雨の好きなキラキラ世界は、私には綺麗過ぎて想像しにくい面もあったんだけど、これはなんだかありそうで、でもちゃんと小雨のキラキラもいきいき描かれていて、世界観が伝わったよ。
ロレンツォの出奔までの葛藤、その後の苦難、じっくり読んでみたいな。私はドロドロを読むの好きなんでv。ドロドロの後のカタルシスは最高!
嬉しい><
私のれおなちゃんの小説へのコメはいつもボキャ貧半端無いのに
凄く素敵な表現で褒めてもらえて嬉しいよ~
私が愛して止まない少女小説のきらきらした世界観が伝わって良かった。
お互い好きな物語の傾向が全然違うから想像しにくい所あるよね^^;;
でもお互いの作品を読みながらあーこういうのが好きなんだーってお互いの好きな世界を理解し合えると素敵だよね♪
ロレンツォの独白とかいう誰得を読みたいといってもらえたのも嬉しすぎる;;
ロレンツォはちゃんとラズルのために最後の王冠をユーディに渡してラズルとユーディはハッピーエンドよ。
ロレンツォとリリー・ヘザーも何か救済欲しいかもね^^;;
美しい
銀河鉄道の夜みたいな「美しいものの表現」の描写が好きで、あっちはもっと自然的だけど小雨版は判りやすくていい。
ちなみにシャクヤクの香り嗅いだことある?
私は好き。
葉月ちゃんありがとうー!
銀河鉄道の夜は昔藤城聖司さん挿絵の絵本を持ってて、
多分原文通りじゃ無かったと思うけど美文だった記憶。
私は文才がないから単純な表現や美しさしか書けないんだよ…
でもそう言ってもらえて嬉しい><
芍薬はごめん、イメージだけで書いた^^;;
こればっかりはGoogle先生の叡智を借りても匂いばかりは分からないね^^;;
技術の進歩を願おう!