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5月16日作成 管理人・小雨がオリジナル・版権イラスト、日記などを雑多に書いているブログです。
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プロフィール
HN:
小雨
性別:
女性
職業:
大学生
趣味:
読書、映画鑑賞
自己紹介:
7月15日生まれのかに座、A型。
めんどくさがりでものぐさ。
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8月22日、小雨に異変

22日朝10時からいつものように3時間ブックオフを巡り、
13時頃家に帰って録画していたドラマをソファに寝そべりながら45分視聴、
起きあがった途端体に異変が!
激しい腰痛で背中を5℃も曲げると痛い。
トイレに座るのもすとんと上下に真っ直ぐ腰を下ろさないと痛いし落としても一瞬曲がった時痛い
それでもまだぎっくり腰かな?と思い夜TL読んで歯磨いて眠る位には何とか出来る。

・8月23日、容態悪化、精神面も最悪、緊急搬送へ

14時頃起床、何とか自力で起床しトイレ、食事を済ませるも
ベッドで寝返りを打つだけでも腰に激痛が走るので全く動けなくなる。
ベッドに横向けで横たわりトイレも行けず虫の息をする小雨。
夕方帰宅した母が父を呼ぶも
何故かスイーツを買ってきて
ただのぎっくり腰だからトイレ位這っていけ、4,5日で治ると全く頼りにならない父。
夜7時父が帰った後、
今この状態で大地震や火災が起こったら逃げられないという危惧と痛みで
精神状態がどんどん悪化し、
前日ぎっくり腰で検索して
ヘルニアがある場合のぎっくり腰で尿や便が出なくなったら要注意と書いてあったので
起床して以来トイレに行きたくならず母に紙おむつを着せて貰ってしようとしても出ないので、
遂に母に頼んで救急車を呼んで貰う。
痛み止めのボルタレンを飲んで何とか上体を起こせるくらいになった頃救急隊到着、
決死の思いで隊員に支えられながら自力で歩き救急車に乗り昭和医大北部病院に。
真夜中近くなり入院が決まりお小水の管を入れてもらい、一晩救急病棟のベッドで明かす。
慣れないエアマットに夜中何度も目が覚める。

・痛苦の日々

とにかく入院さえ出来れば何とかなる、痛みから逃れられると入院を切望していた物の
26日まで脊椎の専門の医師が来ないとのことで、
数日痛み止めを処方されるだけで痛みはあまり良くならず、
縦にも横にもほとんど動けず特に縦移動や少しでも腰を浮かせると激しい痛みが走る。
この間レントゲンやMRI等の検査をするが、
ベッドからストレッチャーに移動する際縦に少し位置をずらされるだけで激痛なので、
検査が恐怖に。ベッドは傾斜がほとんどつけられないでしか起きあがれないため、
食事の皿が見えず味わう所じゃない。歯磨きと共に苦痛。着替えは完全要介護。
日中も夜もとにかく眠りまくる。この時点でぎっくり腰でなくヘルニアの悪化であると診断。

・脊椎専門医師江森先生に会う、ブロック注射にビビる小雨

26日、待ちわびた脊椎専門医師江森先生の回診。
ヘルニアの悪化で間違いないと言われ、ブロック注射をして効かなければ手術と言われる。
母はブロック注射を奨めるが、私は神経にちょっとヘルニアが触れてるだけでこんなに痛いのに
その神経に注射針を刺すなんてどんだけ痛いんだろうとビビり、
何とかブロック注射はしないで手術だけしてもらえないかと哀願する小雨。
江森医師、比較的あっさり承諾、31日に手術決定。

・ずっきーん事件

手術が決まり精神的に少しだけ安楽になった小雨と夕飯時毎日の面会に来てた母との会話中、
ちょっと上にずれようと腕で上体を支えながら慎重に腰を浮かせたはずが、
比喩でなく目の前に火花が飛ぶような激痛が腰を駆け抜け、
「いったーーーーーーーい!!」と叫ぶ小雨。人生最大の痛み。

・手術、そして一番永い夜

8月31日、ヘルニアの除去手術。
ブロック注射は痛いのでしたくないと言ったら
江森医師にでも手術はもっと痛いよと言われた事もあり、
また悪化する前の13日、同じ北部病院の外来で整形外科に行った際
右尻の痛みは手術しても治るか分からないと言われていたので
前日から不安で心拍数はばくばく。
16時半からの手術の前に少しでも気を紛らわせようとスマホをいじっていると、
何と手術が2時間早まったとの知らせが来て母にその旨LINEを送り着替えて手術室に。
オペ室では江森医師がノリノリでポップスを聴きながら歌っており、
ドラマとかでは観たことあるけど医者って手術中本当に音楽流すんだ…と変なところで感動。

全身麻酔をかけられ3数えないうちに昏睡、
目覚めたら手術は終わっていて傍らには母と看護師が。
目覚めた瞬間から点滴の鎮痛剤の副作用で
吐きそうなほどではない物の気持ち悪い絶妙な吐き気がし、吐き気止めの点滴も入れてもらう。
しばらくは酸素マスクもして母についていてもらうが2時間しても吐き気は収まらず、
母も帰り脚には血栓防止のため常に空気で流動する機械がとりつけられ、
まんじりともしない夜を過ごす。
吐き気は3,4時間弱で収まった物の、腰の傷跡にまかれたガーゼががっちがちに分厚くて
腰に硬い板を入れられてるような感覚で痛くて仕方なく、
2時間おきに看護師を呼んで背中にクッションを入れて貰い体の向きを変えてもらうも
ガーゼがじゃまで完全に横向きにも慣れず、3時間程度は眠った物の永い夜を過ごす。

・クララが立った!

結局夜明け前から全く眠れなくなり、前日の朝昼晩と食事が食べられなかったこともあり
空腹で朝8時の朝食が待ち遠しくてたまらない小雨。
朝食前に江森医師と他にも数人の医師が様子を見に来て、
早速歩行器に掴まって立たされる。
え、もう立つの…?立っても痛くないの…?と術前の痛みを思い出してビビリまくるが
何とかベッドの背中を起こしてもらい介助されながら怖々立ってみる小雨。
生まれたての子鹿みたいにぶるぶるしまくるが何とか立てる、そして痛くない!!
体の可動域は入院前と同じくらいだけど痛みだけが綺麗にすっぽりと抜け落ちた感じ。
「もう痛いところは全部取ったからねー、痛くないでしょ?」と言われ、めっちゃ感動。
結局朝食もぐらぐらしながらもベッドに座って食べ、
数日前に選択メニューで選んで楽しみにしていたホットケーキを
入院後初めてちゃんとお皿の中身を目で見て食べられる事にまた感動、
人間の食欲ってやっぱり目から来る所が大きいんだなと実感。
入院後初めてホットケーキとミネストローネ、サラダ、牛乳の食事を完食、
こんなに美味しい朝食を食べたのは生まれて初めてでした。
その写真撮っておけば良かったんだけど上の写真は術後数日たってからの昼食です。
 
・日々レベルアップ

術後2日目の9月2日からリハビリ開始。
担当の理学療法士の梅田先生はお顔とか声とか喋り方とか何となくきさなずさんに似てる。
2日はまず歩行器につかまって歩く事から始め、
3日には歩行器で病棟を歩き回っても良いことになり、
4日にはもう歩行器無しで歩いて良くなり、
5日に最後の仕上げで再発しないために腰に負担をかけない動きを教わる。
4日の夜回診に来た江森医師にいつ頃退院できますか?と聞くと
週末で良いよ~と言うので「じゃあ金曜とかでも大丈夫ですか!?」と聞くとあっさりOK。
6日の退院が決定。

・ドヤ顔で退院
歩行器無しで歩いてると術前を知ってる看護師さんから小雨さん凄いですねー!とか言われて
調子ノリノリの小雨。
6日朝9時に母が着替えを持って迎えに来て、身支度をし
看護師さんから忘れ物チェックなどをすませてもらった後10時過ぎに無事退院。


大体こんな感じでした。
本当はこの後入院中の雑感・心境や現在の状況などを書くつもりだったんですが、
急いで外出しなきゃいけない用事が出来たので続きは明日書きます!
とりあえずこういう記録はすっかり健康になってから書いてこそ意義がある物だと思うのに、
退院2日目にしてメンタルを病んでるとだけ言っておきます^^;;
どうか皆様あまりご心配なく!体の方は元気ですので!
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立った!
葉月
だんだん良くなるよ。
後は心の問題なんだけどなあ??
2019/09/07(Sat)13:23:28 編集
お疲れ様小雨
れおな
リアルに伝わったわ。
よく頑張ったね!退院おめ。
2019/09/07(Sat)15:44:29 編集
2人ともありがとう!!
小雨
いっぱい心配して応援してくれて、ほんとありがとうね~!
今もまだ精神的にも肉体的にも不安定なんだけど、あせずじっくり治していきたいな^^;;
2019/09/09(Mon)09:18:51 編集
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