雨の通り道
5月16日作成 管理人・小雨がオリジナル・版権イラスト、日記などを雑多に書いているブログです。
カテゴリー「小説」の記事一覧
- 2024.11.23 [PR]
- 2018.11.25 月明かりのShall We Dance?
- 2018.07.12 ユーディと秘密の花冠~千夜一夜~
- 2018.06.22 王国
- 2011.06.29 ファイナルファンタジーP6(最終回)
- 2011.06.28 ファイナルファンタジーP5
月明かりのShall We Dance?
- 2018/11/25 (Sun) |
- 小説 |
- CM(4) |
- Edit |
- ▲Top
青白い月の光の下、薔薇と芍薬の香る庭園で、一人の少女が踊っていた。
豊かに波打つ艶やかな漆黒の髪と神秘的な黒水晶の瞳は夜の闇に溶けてしまいそうだが、
黒髪に映えるくっきりとした肌は月よりも白々として、
顔立ちは咲き初めの白百合のように清楚だ。
少女は白磁の柔肌をよりいっそう引き立てる濃青色のドレスを着ていた。
身頃には銀糸で精緻な刺繍が施され、
ふんわりとしたスカートにはフリルとラインストーンがふんだんにあしらわれている。
そのドレスを揺らしながら、
少女は大広間からかすかにもれ聞こえる管弦楽が奏でる円舞曲(ワルツ)に合わせて拙い足取りでステップを踏む。
少女の名はリリー・ヘザー・ハリエット。
バーレイ公国大公女で、ここルクランディア王国には王子ロレンツォの3人の花嫁候補の一人としてやってきた。
愛する兄大公からルクランディアと縁戚関係を結ぶ利を説かれたリリー・ヘザーは、
今日の花嫁候補の披露目の夜会で他の二人の花嫁候補の姫君達を何とか押しのけ、
ロレンツォと二人きりになった──
と思った時、折り悪く楽団が典雅なワルツを奏で始めた。
その途端、リリー・ヘザーは12時の鐘が鳴り始めるのを聞いたシンデレラみたいに大広間から逃げ出してきた。
リリー・ヘザーはダンスが大の苦手だった。
どんな高名なダンス教師についても、彼らの足を踏んづけてばかりだ。
本当はリリー・ヘザーだって踊りたかった。
月光ではなく、貴婦人達の色とりどりのドレスを反射して虹色に輝くシャンデリアの灯りに照らされて、
大勢の人々の賞賛の視線を浴びながら踊れたらどんなにか素晴らしいだろう。
と、「ダンスを申し込みに来たのだが…見えないお相手がいるようだ」
朗々としたテノールが響いた。
縮れ気味の赤毛に、空の色とも海の色ともつかない曖昧な青い瞳。
醜いわけではないが、平々凡々とした容姿はあまり王子らしくない。
どころか、庶民の服を着て旅から旅へ明け暮れるのが趣味の
ついたあだ名がプリンス・ストレンジ(変人王子)─
「…ロレンツォさま…」
リリー・ヘザーは見られていた恥ずかしさと最大の弱点を知られてしまったという屈辱から、
ついつい刺々しい声音になる。
「お呆れでしょうね。社交の国バーレイの大公女がワルツ一つ満足に踊れないなんて」
「そんなことは無い。踊っていたあなたはとても可憐だった」
「見え透いたお世辞をおっしゃらないで」
「ええ、だから」
いつの間にか近づいてきたロレンツォに遠慮なく腰に腕を回され、
リリー・ヘザーは図らずもどきりと鼓動を跳ねさせた。
「見えないお相手とパートナーチェンジをお願いしても?」
言いながら強引に腕をホールドされる。
「だっ…駄目です!私本当にダンスだけは苦手で…」
「私の腕前が不安かな?大丈夫、私はダンスの現人神と呼ばれているのですよ」
「誰に!?とにかくお放しになって…きゃあっ!」
ロレンツォが一歩足を踏み出した瞬間、
リリー・ヘザーはふわり、とまわりを取り巻く空気が変わったような気がした。
ロレンツォのリードは優雅でいながら堂々としていて大胆で、
動きの全てが大きくとても映えるのに、少しも気品を失わない。
それでいてリリー・ヘザーが次にどう動けばいいか、
どこでターンをすればいいか、ごく自然と伝えてくれる。
ロレンツォがリリー・ヘザーを腕の中でくるりと一回転させ、
ホールドしたまま少し距離をとってステップを踏み、また腕の中に抱きとめる。
123、123。
そうしているうちに弾んでくる息まで、
二人ぴったり一つに結びつけられて溶け合っていく様だ。
リリー・ヘザーは今まで感じたことの無い高揚感に包まれていた。
彼女がターンする度に、スカートに縫い付けられたラインストーンが花に落ちる夜露のようにきらきらと輝く。
いつしか彼女は自分がかかとの高い歩きづらい靴を履いていることを忘れていた。
まるで上等なシルクサテンの上を、素足で滑っているようだと思った。
いつの間にか、広間から聞こえた管弦楽の音は止み、
リリー・ヘザーは自分達の踊りも終わった事を知った。
観衆は花々の甘い芳香だけだったが、彼女はこの上も無く満足だった。
「あなたは踊るとき、今日もこの人の足を踏んづけてしまうんだろうな、
この人も私の踊りを笑うんだろうな─そんな風に考えていませんか?」
先ほどの強引さが嘘のように、
気遣わしげにホールドを解いて彼女を解放したロレンツォの言葉に、
リリー・ヘザーは心の中であ、と呟いた。
「ダンスは人の心と心で踊るもの。相手を信頼して身を任せなければいい踊りは出来ませんよ」
「…私、あなたを信頼した覚えも身を任せた覚えもありませんけど」
何となく素直に認めるのがしゃくで子供っぽく頬を膨らませるリリー・ヘザーに、
「いつの間にか人の警戒心を解いて心の中に入り込んでしまう。これも人徳ですな」
ロレンツォはしたり顔で答えになっているようないないような答えを返しながらうんうんと頷いている。
その曖昧な青い瞳が、近くで見ると存外に綺麗な色に見えることに気づいて、
(やっぱり噂どおり変な人…)
そう思いながらも、リリー・ヘザーの心臓は慣れないステップを踏むように踊っていた。
豊かに波打つ艶やかな漆黒の髪と神秘的な黒水晶の瞳は夜の闇に溶けてしまいそうだが、
黒髪に映えるくっきりとした肌は月よりも白々として、
顔立ちは咲き初めの白百合のように清楚だ。
少女は白磁の柔肌をよりいっそう引き立てる濃青色のドレスを着ていた。
身頃には銀糸で精緻な刺繍が施され、
ふんわりとしたスカートにはフリルとラインストーンがふんだんにあしらわれている。
そのドレスを揺らしながら、
少女は大広間からかすかにもれ聞こえる管弦楽が奏でる円舞曲(ワルツ)に合わせて拙い足取りでステップを踏む。
少女の名はリリー・ヘザー・ハリエット。
バーレイ公国大公女で、ここルクランディア王国には王子ロレンツォの3人の花嫁候補の一人としてやってきた。
愛する兄大公からルクランディアと縁戚関係を結ぶ利を説かれたリリー・ヘザーは、
今日の花嫁候補の披露目の夜会で他の二人の花嫁候補の姫君達を何とか押しのけ、
ロレンツォと二人きりになった──
と思った時、折り悪く楽団が典雅なワルツを奏で始めた。
その途端、リリー・ヘザーは12時の鐘が鳴り始めるのを聞いたシンデレラみたいに大広間から逃げ出してきた。
リリー・ヘザーはダンスが大の苦手だった。
どんな高名なダンス教師についても、彼らの足を踏んづけてばかりだ。
本当はリリー・ヘザーだって踊りたかった。
月光ではなく、貴婦人達の色とりどりのドレスを反射して虹色に輝くシャンデリアの灯りに照らされて、
大勢の人々の賞賛の視線を浴びながら踊れたらどんなにか素晴らしいだろう。
と、「ダンスを申し込みに来たのだが…見えないお相手がいるようだ」
朗々としたテノールが響いた。
縮れ気味の赤毛に、空の色とも海の色ともつかない曖昧な青い瞳。
醜いわけではないが、平々凡々とした容姿はあまり王子らしくない。
どころか、庶民の服を着て旅から旅へ明け暮れるのが趣味の
ついたあだ名がプリンス・ストレンジ(変人王子)─
「…ロレンツォさま…」
リリー・ヘザーは見られていた恥ずかしさと最大の弱点を知られてしまったという屈辱から、
ついつい刺々しい声音になる。
「お呆れでしょうね。社交の国バーレイの大公女がワルツ一つ満足に踊れないなんて」
「そんなことは無い。踊っていたあなたはとても可憐だった」
「見え透いたお世辞をおっしゃらないで」
「ええ、だから」
いつの間にか近づいてきたロレンツォに遠慮なく腰に腕を回され、
リリー・ヘザーは図らずもどきりと鼓動を跳ねさせた。
「見えないお相手とパートナーチェンジをお願いしても?」
言いながら強引に腕をホールドされる。
「だっ…駄目です!私本当にダンスだけは苦手で…」
「私の腕前が不安かな?大丈夫、私はダンスの現人神と呼ばれているのですよ」
「誰に!?とにかくお放しになって…きゃあっ!」
ロレンツォが一歩足を踏み出した瞬間、
リリー・ヘザーはふわり、とまわりを取り巻く空気が変わったような気がした。
ロレンツォのリードは優雅でいながら堂々としていて大胆で、
動きの全てが大きくとても映えるのに、少しも気品を失わない。
それでいてリリー・ヘザーが次にどう動けばいいか、
どこでターンをすればいいか、ごく自然と伝えてくれる。
ロレンツォがリリー・ヘザーを腕の中でくるりと一回転させ、
ホールドしたまま少し距離をとってステップを踏み、また腕の中に抱きとめる。
123、123。
そうしているうちに弾んでくる息まで、
二人ぴったり一つに結びつけられて溶け合っていく様だ。
リリー・ヘザーは今まで感じたことの無い高揚感に包まれていた。
彼女がターンする度に、スカートに縫い付けられたラインストーンが花に落ちる夜露のようにきらきらと輝く。
いつしか彼女は自分がかかとの高い歩きづらい靴を履いていることを忘れていた。
まるで上等なシルクサテンの上を、素足で滑っているようだと思った。
いつの間にか、広間から聞こえた管弦楽の音は止み、
リリー・ヘザーは自分達の踊りも終わった事を知った。
観衆は花々の甘い芳香だけだったが、彼女はこの上も無く満足だった。
「あなたは踊るとき、今日もこの人の足を踏んづけてしまうんだろうな、
この人も私の踊りを笑うんだろうな─そんな風に考えていませんか?」
先ほどの強引さが嘘のように、
気遣わしげにホールドを解いて彼女を解放したロレンツォの言葉に、
リリー・ヘザーは心の中であ、と呟いた。
「ダンスは人の心と心で踊るもの。相手を信頼して身を任せなければいい踊りは出来ませんよ」
「…私、あなたを信頼した覚えも身を任せた覚えもありませんけど」
何となく素直に認めるのがしゃくで子供っぽく頬を膨らませるリリー・ヘザーに、
「いつの間にか人の警戒心を解いて心の中に入り込んでしまう。これも人徳ですな」
ロレンツォはしたり顔で答えになっているようないないような答えを返しながらうんうんと頷いている。
その曖昧な青い瞳が、近くで見ると存外に綺麗な色に見えることに気づいて、
(やっぱり噂どおり変な人…)
そう思いながらも、リリー・ヘザーの心臓は慣れないステップを踏むように踊っていた。
PR
ユーディと秘密の花冠~千夜一夜~
- 2018/07/12 (Thu) |
- 小説 |
- CM(2) |
- Edit |
- ▲Top
夜のしじまが分厚いとばりを下ろし、先刻までの喧騒が嘘のような静寂の中。
ユーディは豪奢な天蓋つきの寝台に腰を下ろし、所在なげに自分の夜着を見下ろしていた。
ただの村娘だった頃には想像すら出来なかったような、
フリルやレースがふんだんにあしらわれた霞の様にふわふわしたネグリジェ。
侍女たちに手伝ってもらい薔薇を浮かべた浴槽で入念に湯浴みを済ませ、
唯一の美点だと自負している長い新緑色の髪は何度も何度も丁寧にくしけずられ、
背中に波打つ滝の様に流れている。
今日は結婚式の夜。ラズルとの、初めてすごす夜なのだ。
(うう…緊張するっ…)
もちろん夫婦となった男女が初夜の床で何をするのかは知識としてはあった。
だがそれと心の準備が出来るかどうかはまた別の問題なのだ。
(ラズルは、少しは私の事綺麗だって…思ってくれるかな…が、がっかりされたらどうしよう)
詮も無い考えをぐるぐる巡らしていると、
ノックの音が響き侍従たちに伴われたラズルが寝室に入ってきた。
ラズルが目線だけで彼等を下がらせると、
侍従たちはうやうやしい仕草で二人に一礼しドアの外に出て行く。
ラズルもまた簡素だが上等な仕立ての白いリネンの夜着を着ていた。
いつも一つに編んでいる漆黒の髪は下ろされ肩先にふわりと広がっている。
そうすると普段の健康的な雰囲気はなりを潜め、なんだかひどく──色っぽく見えた。
「ユーディット」
熱をはらんだ瞳で、真剣な声音でまだ呼ばれなれない本名を呼ばれると、
面映さにユーディはつい顔をうつむけた。
ユーディの隣に腰掛けたラズルは、そんな様子をどう思ったのか、
ユーディの瞳を少し心配そうに覗き込む。
ユーディの羞恥を感じ取ったラズルはくすりと笑い、ユーディの頬に優美な長い指を滑らせた。
触れられた箇所からカッと熱が灯り、ユーディの身体中を一瞬で駆け巡っていく。
「ずっと君にこうしたかった」
ラズルは囁くようにそう言うと、硝子細工を扱うように慎重に、ユーディにそっとくちづけた。
泣きたくなるくらい気遣わしげな、けれども熱のこもったキス。
ルクランディアの結婚式では、誓いのキスが無い。
だから、これが正真正銘のユーディとラズルの初めて交わすキスだ。
ユーディは生まれて初めてのくちづけを呼吸すら忘れて受け入れた。
村祭りの夜には、
恋人同士になった若者達がそこここで羽目をはずして唇を交わらせるのを知っていた。
ユーディは少し年上の村娘達が
後からその刺激的な体験をちょっと自慢気に口に上らせるのを聞きながら、
ぼんやりとキスとはどんな物なのだろうと何とはなしに思っていたが、
実際に自分の身に起こったそれは想像していた物とは随分と違っていた。
触れ合っている唇が燃えるように熱い。
どくどくと心臓がうるさいくらいに早鐘を打ち、
恥ずかしさと蕩けるような心地よさで頭が真っ白になる。
ラズルは顔を離し、苦痛をこらえるような表情でユーディの薄茶色の瞳をまっすぐ見つめる。
「君が去った後、君を追えなかったこと…本当にごめん。
僕は本当に──どうしようもないまぬけだ。
今度こそ、君が僕に愛想を尽かしたって決して君を離したりしないから」
「…なんだか、恫喝されてるように聞こえるんだけど」
育ちの良い彼はまぬけ等という言葉を初めて使ったのではないか。
そんなことを思いながらもユーディの心はじわじわと嬉しさで満たされていく。
ラズルはまたちょっと笑うと、もう一度くちづけてきた。
今度は先ほどよりもう少し長く、深いキスだ。
二人の吐息が交じり合い、愛おしさが心の底からこみ上げてくる。
そのままラズルが体重をかけ、ユーディにもたれかかるように寝台に倒れこむ。
(…来たっ…!)
いよいよ未知の経験をするそのときがきたのだ。
ユーディはおびえと不安と期待の入り混じった複雑な心境でぎゅっと目を閉じた。
…だが、いくら待ってもいっこうにラズルが動く気配は無い。
(…?…)
ユーディが恐る恐る目を開けると──ラズルはすうすうと安らかな寝息をたてて寝入っていた。
「………」
ユーディはぽかんとしてその無邪気な寝顔を見つめる。そして…くすくすと笑い出したくなった。
何せ、今日は早朝から結婚式のための衣装合わせや3回にも及ぶ入念なリハーサルをこなし、
挙式本番では堅苦しい格式ばった典礼を粛々と行い
国民達への挨拶を終えるとその後は結婚披露の宴と
国内・国外の有力諸侯達との晩餐と大舞踏会が催され、
まさに息吐く暇もない忙しさだったのだ。
ユーディでさえくたくたに疲れ果てているのに、
責任ある立場の王子として何週間も前から滞りなく全ての催しの指示をし
何度も何度も予行演習を繰り返し、
招待客の手配の確認までこなしてきたラズルの疲労は推して知るべしだ。
(まあいっか…)
今夜は二人で過ごす初めての夜だが、
これから二人が幾千、幾万と越えていくことになる夜のうちの一夜に過ぎない。
ある夜には今日の様にラズルが先に眠りに落ち、
ユーディがそんな彼の顔を愛おしげに見つめているかもしれないし、
またある夜は眠るユーディの長い髪をラズルが優しげな手つきで梳いてくれているかもしれない。
もう少し時が経ったら、かつて両親がそうしてくれたように
小さな男の子か女の子を二人の間に寝かせて、
寝物語を語りながら眠りにつくのも良いかもしれない。
今日の日を迎えるまで二人の間には色々なことがあったが、
これからはそんな夜をいくつもいつまでもずっと二人で越えていけるのだ。
そう思うとユーディは幸せで胸がいっぱいになった。
「おやすみなさい」
覆いかぶさっているラズルの体の重さすら嬉しくて、
ユーディもやがて張り詰めた緊張から開放された安心感から、
いつしか深い眠りの世界に引き込まれていった。
(…あれ…?)
いつの間にか寝室には春から夏へ移り変わる季節特有の穏やかな朝日が差し込んでいた。
目を覚ましたラズルが一番最初に見たのは、
自分の下敷きになりながらも文句一つ言わずすやすやと眠るユーディのあどけない寝顔だった。
可愛い。
(じゃなくて。えっと…待て待て待て)
ラズルは背中を冷や汗が伝うのを感じながらこの状況を整理しようとした。
ラズルは寝つきも良いが寝起きも良い。
毎朝寝ぼけたりする事もなくすっきり目が覚めるので、
もちろん今日も昨夜のことははっきり覚えていた。
自分の記憶が確かなら、昨夜は──
「ん…ラズル…?」
まどろみから覚めたこちらはまだ少しぼんやりしているユーディに、
ラズルは顔を引きつらせながらも努めて笑顔ををつくって確認する。
「な、何も無かった…よ、ね…?」
一瞬何のことを言われたのか分からずきょとんとしていたが、
やがてその意味を理解し頬を染めて頷くユーディを見て、ラズルは
「はぁーーー…!」
記念すべき初夜を完遂出来なかった無念さに思いっきり息を吐きながら頭を抱えたのだった。
──────
「結婚式当日の夜に花嫁より先にぐっすりと眠り込む夫など聞いた事もありませんぞ!!」
やり手の老宰相であり幼少の頃からのラズルのお目付け役でもあるリッカルドの鬼の剣幕の前に
ラズルとユーディは返す言葉もなく縮こまる事しか出来ないでいた。
結婚して世継ぎをもうけるという王族としての義務を一日目から怠った自分の不甲斐なさに、
ラズルは自己嫌悪に陥っているようだ。
「妃殿下も何故お起こしてさしあげないのですか!!」
「え…疲れてるみたいだから可哀想かなー…と…?」
上ずった声でたじたじと答えながら、
どうやらこのリッカルドのお説教も
これから二人が幾千と越えていかなければならない物の一つかもしれない──
とユーディは思うのだった。
ユーディは豪奢な天蓋つきの寝台に腰を下ろし、所在なげに自分の夜着を見下ろしていた。
ただの村娘だった頃には想像すら出来なかったような、
フリルやレースがふんだんにあしらわれた霞の様にふわふわしたネグリジェ。
侍女たちに手伝ってもらい薔薇を浮かべた浴槽で入念に湯浴みを済ませ、
唯一の美点だと自負している長い新緑色の髪は何度も何度も丁寧にくしけずられ、
背中に波打つ滝の様に流れている。
今日は結婚式の夜。ラズルとの、初めてすごす夜なのだ。
(うう…緊張するっ…)
もちろん夫婦となった男女が初夜の床で何をするのかは知識としてはあった。
だがそれと心の準備が出来るかどうかはまた別の問題なのだ。
(ラズルは、少しは私の事綺麗だって…思ってくれるかな…が、がっかりされたらどうしよう)
詮も無い考えをぐるぐる巡らしていると、
ノックの音が響き侍従たちに伴われたラズルが寝室に入ってきた。
ラズルが目線だけで彼等を下がらせると、
侍従たちはうやうやしい仕草で二人に一礼しドアの外に出て行く。
ラズルもまた簡素だが上等な仕立ての白いリネンの夜着を着ていた。
いつも一つに編んでいる漆黒の髪は下ろされ肩先にふわりと広がっている。
そうすると普段の健康的な雰囲気はなりを潜め、なんだかひどく──色っぽく見えた。
「ユーディット」
熱をはらんだ瞳で、真剣な声音でまだ呼ばれなれない本名を呼ばれると、
面映さにユーディはつい顔をうつむけた。
ユーディの隣に腰掛けたラズルは、そんな様子をどう思ったのか、
ユーディの瞳を少し心配そうに覗き込む。
ユーディの羞恥を感じ取ったラズルはくすりと笑い、ユーディの頬に優美な長い指を滑らせた。
触れられた箇所からカッと熱が灯り、ユーディの身体中を一瞬で駆け巡っていく。
「ずっと君にこうしたかった」
ラズルは囁くようにそう言うと、硝子細工を扱うように慎重に、ユーディにそっとくちづけた。
泣きたくなるくらい気遣わしげな、けれども熱のこもったキス。
ルクランディアの結婚式では、誓いのキスが無い。
だから、これが正真正銘のユーディとラズルの初めて交わすキスだ。
ユーディは生まれて初めてのくちづけを呼吸すら忘れて受け入れた。
村祭りの夜には、
恋人同士になった若者達がそこここで羽目をはずして唇を交わらせるのを知っていた。
ユーディは少し年上の村娘達が
後からその刺激的な体験をちょっと自慢気に口に上らせるのを聞きながら、
ぼんやりとキスとはどんな物なのだろうと何とはなしに思っていたが、
実際に自分の身に起こったそれは想像していた物とは随分と違っていた。
触れ合っている唇が燃えるように熱い。
どくどくと心臓がうるさいくらいに早鐘を打ち、
恥ずかしさと蕩けるような心地よさで頭が真っ白になる。
ラズルは顔を離し、苦痛をこらえるような表情でユーディの薄茶色の瞳をまっすぐ見つめる。
「君が去った後、君を追えなかったこと…本当にごめん。
僕は本当に──どうしようもないまぬけだ。
今度こそ、君が僕に愛想を尽かしたって決して君を離したりしないから」
「…なんだか、恫喝されてるように聞こえるんだけど」
育ちの良い彼はまぬけ等という言葉を初めて使ったのではないか。
そんなことを思いながらもユーディの心はじわじわと嬉しさで満たされていく。
ラズルはまたちょっと笑うと、もう一度くちづけてきた。
今度は先ほどよりもう少し長く、深いキスだ。
二人の吐息が交じり合い、愛おしさが心の底からこみ上げてくる。
そのままラズルが体重をかけ、ユーディにもたれかかるように寝台に倒れこむ。
(…来たっ…!)
いよいよ未知の経験をするそのときがきたのだ。
ユーディはおびえと不安と期待の入り混じった複雑な心境でぎゅっと目を閉じた。
…だが、いくら待ってもいっこうにラズルが動く気配は無い。
(…?…)
ユーディが恐る恐る目を開けると──ラズルはすうすうと安らかな寝息をたてて寝入っていた。
「………」
ユーディはぽかんとしてその無邪気な寝顔を見つめる。そして…くすくすと笑い出したくなった。
何せ、今日は早朝から結婚式のための衣装合わせや3回にも及ぶ入念なリハーサルをこなし、
挙式本番では堅苦しい格式ばった典礼を粛々と行い
国民達への挨拶を終えるとその後は結婚披露の宴と
国内・国外の有力諸侯達との晩餐と大舞踏会が催され、
まさに息吐く暇もない忙しさだったのだ。
ユーディでさえくたくたに疲れ果てているのに、
責任ある立場の王子として何週間も前から滞りなく全ての催しの指示をし
何度も何度も予行演習を繰り返し、
招待客の手配の確認までこなしてきたラズルの疲労は推して知るべしだ。
(まあいっか…)
今夜は二人で過ごす初めての夜だが、
これから二人が幾千、幾万と越えていくことになる夜のうちの一夜に過ぎない。
ある夜には今日の様にラズルが先に眠りに落ち、
ユーディがそんな彼の顔を愛おしげに見つめているかもしれないし、
またある夜は眠るユーディの長い髪をラズルが優しげな手つきで梳いてくれているかもしれない。
もう少し時が経ったら、かつて両親がそうしてくれたように
小さな男の子か女の子を二人の間に寝かせて、
寝物語を語りながら眠りにつくのも良いかもしれない。
今日の日を迎えるまで二人の間には色々なことがあったが、
これからはそんな夜をいくつもいつまでもずっと二人で越えていけるのだ。
そう思うとユーディは幸せで胸がいっぱいになった。
「おやすみなさい」
覆いかぶさっているラズルの体の重さすら嬉しくて、
ユーディもやがて張り詰めた緊張から開放された安心感から、
いつしか深い眠りの世界に引き込まれていった。
(…あれ…?)
いつの間にか寝室には春から夏へ移り変わる季節特有の穏やかな朝日が差し込んでいた。
目を覚ましたラズルが一番最初に見たのは、
自分の下敷きになりながらも文句一つ言わずすやすやと眠るユーディのあどけない寝顔だった。
可愛い。
(じゃなくて。えっと…待て待て待て)
ラズルは背中を冷や汗が伝うのを感じながらこの状況を整理しようとした。
ラズルは寝つきも良いが寝起きも良い。
毎朝寝ぼけたりする事もなくすっきり目が覚めるので、
もちろん今日も昨夜のことははっきり覚えていた。
自分の記憶が確かなら、昨夜は──
「ん…ラズル…?」
まどろみから覚めたこちらはまだ少しぼんやりしているユーディに、
ラズルは顔を引きつらせながらも努めて笑顔ををつくって確認する。
「な、何も無かった…よ、ね…?」
一瞬何のことを言われたのか分からずきょとんとしていたが、
やがてその意味を理解し頬を染めて頷くユーディを見て、ラズルは
「はぁーーー…!」
記念すべき初夜を完遂出来なかった無念さに思いっきり息を吐きながら頭を抱えたのだった。
──────
「結婚式当日の夜に花嫁より先にぐっすりと眠り込む夫など聞いた事もありませんぞ!!」
やり手の老宰相であり幼少の頃からのラズルのお目付け役でもあるリッカルドの鬼の剣幕の前に
ラズルとユーディは返す言葉もなく縮こまる事しか出来ないでいた。
結婚して世継ぎをもうけるという王族としての義務を一日目から怠った自分の不甲斐なさに、
ラズルは自己嫌悪に陥っているようだ。
「妃殿下も何故お起こしてさしあげないのですか!!」
「え…疲れてるみたいだから可哀想かなー…と…?」
上ずった声でたじたじと答えながら、
どうやらこのリッカルドのお説教も
これから二人が幾千と越えていかなければならない物の一つかもしれない──
とユーディは思うのだった。
王国
- 2018/06/22 (Fri) |
- 小説 |
- CM(4) |
- Edit |
- ▲Top
まだ歴史に名が刻まれて日の浅い小さいが豊かな公国の
彼女は前大公のたった一人の公女
15歳にして彼女はまるで幼い女王
人々の賞賛も贅をこらした豪奢な宝石も大好きな煌(きら)の衣装も
望んで手に入らぬ物など何もない
ただ一つ
月光を紡いだかのような白銀の髪と貴い紫水晶(アメシスト)の瞳を持つ
麗しく賢明な兄大公その人の心をのぞいては
望むことすら許されない禁忌の想い
広く信仰される教会が決して犯してはならないと説く最大の罪
しかし少女は若さ故に一途だった
兄が他国から硝子細工で出来たようなどこもかしこも華奢に作られた美しい妃を迎えても
彼女の心は兄だけのものだった
ある日大公が手にまばゆい黄金で出来た小さな王冠を持ってこう言った
かつて大陸の覇者と謳われた
現在は歴史ばかりが財産の王国に嫁いでくれないかと
彼女は咲き初めの白百合にたとえられる楚々とした美貌に艶やかな笑みを浮かべて頷いた
やっと愛する人の役に立つことが出来るのだと思いながら
こうして小さな花嫁は海を渡り
小さく豊かな公国の公女から大国とは名ばかりの王国の王妃になった
(つづきに長文説明あり)
彼女は前大公のたった一人の公女
15歳にして彼女はまるで幼い女王
人々の賞賛も贅をこらした豪奢な宝石も大好きな煌(きら)の衣装も
望んで手に入らぬ物など何もない
ただ一つ
月光を紡いだかのような白銀の髪と貴い紫水晶(アメシスト)の瞳を持つ
麗しく賢明な兄大公その人の心をのぞいては
望むことすら許されない禁忌の想い
広く信仰される教会が決して犯してはならないと説く最大の罪
しかし少女は若さ故に一途だった
兄が他国から硝子細工で出来たようなどこもかしこも華奢に作られた美しい妃を迎えても
彼女の心は兄だけのものだった
ある日大公が手にまばゆい黄金で出来た小さな王冠を持ってこう言った
かつて大陸の覇者と謳われた
現在は歴史ばかりが財産の王国に嫁いでくれないかと
彼女は咲き初めの白百合にたとえられる楚々とした美貌に艶やかな笑みを浮かべて頷いた
やっと愛する人の役に立つことが出来るのだと思いながら
こうして小さな花嫁は海を渡り
小さく豊かな公国の公女から大国とは名ばかりの王国の王妃になった
(つづきに長文説明あり)
ファイナルファンタジーP5
カレンダー
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
リンク
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
[01/10 小雨]
[01/10 昭]
[05/18 小雨]
[05/18 小雨]
[05/18 昭]
[05/17 jun]
[01/30 小雨]
[01/30 昭]
[12/31 小雨]
[12/31 久世みずき]
最新記事
(01/04)
(11/21)
(11/05)
(11/01)
(10/22)
(10/11)
(10/02)
(10/01)
(09/20)
(09/19)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
小雨
性別:
女性
職業:
大学生
趣味:
読書、映画鑑賞
自己紹介:
7月15日生まれのかに座、A型。
めんどくさがりでものぐさ。
めんどくさがりでものぐさ。
ブログ内検索
最古記事
(05/16)
(05/16)
(05/16)
(05/17)
(05/17)
(05/17)
(05/17)
(05/18)
(05/19)
(05/20)